<αの行方> 第二話
<鍵の行方>
ほこりっぽくて、サボテンの多い町だった。
なんとなく車を転がして道を進み、空腹感を覚えて車を降りてみると、そんな場所に居た。
どのくらい遠くに来てしまったんだろう。
ここの町の名前もわからなかった。
店の並ぶにぎやかな通りを歩くと、活発な笑い声と明るい雰囲気を感じた。
バーや映画館、レストランが連なって、ネオンや街灯で明るすぎるくらいだ。
人の通りも多い。
俺は何か食事をして帰ろうと、小さな店のドアを押した。
中は結構広い。照明は薄暗く落としてあるが、雰囲気は悪くない。
いくつかのテーブル席には親子連れやカップルが食事をしていた。
カウンターの端に腰掛けて、中で動き回っている店員に適当にオススメを持ってきてもらうよう頼み、はやりのソフトドリンクを注文した。車で来ていたからアルコールはやめておいた。
オレンジ色のどろりとした液体を飲み込みながら、オススメとやらが来るまでの時間潰しに店内を見渡した。黙々とチキンソテーを頬張るじいさん、酒が入っ ているせいか赤い顔をした丸い顔の男と、一緒に笑っているブロンドの女性の後ろ姿。はしゃいで何か話している子供に、からかいながら応答しているパパ、マ マ。そのからかい方が見事で、そのパパの話に耳を傾けた。が、もう途切れ途切れにしか耳に入ってこない。少し遠いか。
またドリンクを口に含む。パパの手振りが可笑しいのか、子供もママも食事どころではない笑いっぷりだ。
その微笑ましい光景を、しばらく見ていた。
ふと、子供がフォークを落とした。転がったそれを拾うパパ。
「?」
パパが体をかがめてフォークを拾おうとした時、パパの席の向こう側に、テーブルにつっぷす誰かの肩が見えた。テーブルの上の小さなグラスは倒れている し、突っ伏しているそのひとの服は、うろうろ歩き回っているウエイトレスの制服と同じ物だった。黒いシャツの、袖と襟が白い。袖はチャイナ服のように大き い。まっすぐな茶色い髪が、テーブルに散っている。
「お待たせしましたぁ」
明るくそう言ってチーズののったハンバーグの皿をカウンターに置いたウエイトレスの白い袖をつまんだ。
「はい?」
驚いた顔で答えるウエイトレスに、
「あの、突っ伏してる店員さん、どうかしたの?」
言われて初めて気付いたようだ。背伸びしてそれを見ようとしている。すでにパパの背に隠れてしまっていた。
そっちに向かうウエイトレス。俺もカウンターのスツールを降りて追った。気になったのだ。
突っ伏していた女性は、袖をグラスからこぼれた水で濡らしてしまっていた。
「リナ? どうしたの」
ウエイトレスに肩を揺すられて、ほんの少し頭を持ち上げた。ウエイトレスが揺する肩は壊れそうに細かった。――なにか不幸な事情があると、思わせるほど。
彼女は立ち上がろうとしてそのまま膝から崩れた。
床に転がろうとするのを、ウエイトレスと二人してなんとか支えて止めた。
抱き起こしその顔を見て、これが驚かずにいられるか。
ウエイトレスが休憩室に運び込むのを手伝って、俺はそのままそこに居た。
突然行方不明になった由利菜・サイダル部隊長の捜索が打ち切られてもう二ヵ月になる。
何か事件に巻き込まれたとか、任務に耐え切れず逃亡したとか色々言われてはいたが、それまでの仕事の冷静さ、正確さをみて、悪く言ったりする者はいなかった。軍や近衛兵達からも信頼されていた。
――何があって、こんなところに。
眠っているまま連れて帰っても良かったが、思いとどまった。何か理由があっての事だろうと。
話によると、ここで勤め始めてまだひと月しか経っていない。ここに来た時にはもう不健康なほど痩せていて、店長が見かねて雇った、という事だった。
あんなにハツラツとして、機敏に動き回り、兵隊を怒鳴り散らしたり、笑い転げたりしていたのに。
休憩室の古いソファーに横になっている部隊長を、正視するのは辛いものがあった。
目を覚まして第一声は、
「誰だっけ?」
寝ぼけつつも見覚えがあるというのは認識しているらしい。でも、無理もない。もう一年も前に顔をあわせたきりだから。
「ユナ・コンドウです。お久しぶりです」
起き上がり、寒いのか腕をさすっていた。そしてぼうっとした眼で少し俺を見てから、
「…敬語なんて使わなくていいわよ。私に肩書きはもうないから」
と言った。
俺はその場に肩膝を突き、近衛兵として形式通りのお辞儀をした。
「探しましたよ」
彼女は苦笑して、頬のこけた顔を向けた。
「私はもう戻る必要もないでしょ? ここで何してるの? 帰れば?」
俺は頷いて、立ち上がった。確かに、彼女はもう部隊長ではない。別の者がその職に就いている。彼女は解雇処分になっていた。
「具合が悪いんですか?」
彼女は首を振る。
「貧血かなにかなじゃないかなぁ。大丈夫よ」
「じゃあ、食事でも一緒にどうです? すっごくお腹すいてるんですよ」
腹をさすってそういうと、彼女はきゅっと笑って、
「私もお腹すいてる」
休憩室を出ると、店長がにこやかに彼女に話し掛け、今日も持って帰れと大きな紙袋を持たせていた。
店を出ると彼女は包みを重そうに提げながら、
「ゆうに三人分はあるのよ。これ食べない?」
店で客に出すような、ドリアやポテトやスシやサンドイッチやパスタやドリンク。ウエイトレスの黒のチャイナ服風のワンピースの制服のまま、彼女は表に出た。
彼女に案内されて、広い公園に行った。
この町の中心部にあるらしい。大きなライトや可愛いデザインの灯かりがついていて、すごく明るく、子供を連れた親子や子供たちが走ったりボールを投げたりしていた。午後八時をまわっていたが、昼間のようだった。
木製のベンチに座り、二人して店長のくれたものを食べた。
彼女は意外にもぱくぱくと食べた。
食べていないわけでもないのに、こんなに何故痩せている? それとも、俺の前だから無理に食べているだけなのだろうか。
「ここ、結構治安がいいのよ。衛生設備も整っているし。小さな町だけど、すごくいいの」
おにぎりをかじり、彼女はそう言った。
「帰らなくていいですか? 俺車で来てるから、良ければ乗って行って下さい」
笑って、首を振る。
「いいの。ここに居る」
「王が。…心配なされてました」
「そう」
「ここに居られる事、伝えてもいいですか」
横にゆっくり、首を振る。そして、横に座っている俺を見上げる。
「気付いてたの」
「ええ。なんとなく」
「そっか。一番働いてもらってたものね。私や、王に一番近かった」
俺は近衛兵の中でも時々勤務外の仕事を与えられていた。王族の内情に関わるような調査や偽装、情報操作など、他に漏らす事の出来ない仕事。部隊長に見込んでもらっていた。「その事で、城を出て行ってしまったんですか」
言うと、少し笑って、そして頷いた。
「王女にばれたみたい。あのまま居れば、きっと王に迷惑がかかったわ」
「そう、ですか」
「居られなくって飛び出したけど、結構悔やんだわ。何にも持たずに出てきたから、大変だった」
可笑しそうに笑って彼女はそう言ったが、その言葉に俺は笑えなかった。
「あなたが城に居る間に俺が気付いてれば、力になれましたか?」
彼女は、ありがとうとだけ言った。
もう何も話す気がないようだったから、俺は適当に食べて、帰る事にした。
翌日城へ出向くと、王は俺を私室に通した。
「由利菜部隊長、見つけました」
その言葉に反応し、王は一瞬鋭い視線を投げてきたが、ふ、とそれを床に降ろしてしまった。
「場所は」
と、俺が言いかけた所で王は首を横に振った。
「彼女が告げてくれと言ったか?」
「…いいえ。伝えないで欲しいと」
「じゃあ、君だけの秘密にしておいてくれ。聞くと、多分行きたくなってしまう」
王は明るく笑った。
もう、二人は終わってしまっている?
それとも終わらせようとしているだけ?
「元気そうだったか?」
「それが…」
俺は見たままを話した。話し終わるまで何も言わずにいたが、王は少し首をかしげると、
「彼女の所に、しばらく足を運んでくれないか」
と言った。
「ええ。かまいませんが…」
「私に報告の必要はない。必要な金や時間は一言告げてくれれば私が何とかする。頼めるか?」
「ええ」
即答すると、王は本当に柔らかな笑みを作った。
「ユナ、頼りにしてる。すまない、無理ばかり」
「いいえ」
王の頼みで、由利菜部隊長の捜索を俺だけが続けていた。王から二人の仲の事も、王女の事も聞いた。近衛兵には不相応な報酬も時々もらったが、俺が王のために働いたのはそれだけが理由じゃない。
王に、惚れ込んでいた。
歴代の王の様な猛々しさや、かつて起ったような大きな事件や戦争などはこの王にはなかった。ごく平和に過ごしている。兵士どもが惚れたような、そんな「王」はここには居ない。俺がこの王に惚れたのは、この平和をつくっている、その力だった。
思わぬ策士だった。ちょっとの言葉や、少しの行動で、のらりくらりと友好関係を作り出し、じわじわと平和にしていた。
それがわかった時にはぞっとした。目の前で、誰にも気付かれないようにそれをやっていたから。
――例えば些細な事。
ある時、わざわざ部屋係が掃除している時に私を部屋に呼んだ。そして掃除をしている部屋係に、
「ベッドの木が古くなってないか見てくれないか?
最近よく壊れそうにきしむんだよ」
掃除をしていた男は頷いて、ベッドを調べる仕草を始めた。王は俺に手話で、「睨み付けていろ」と言ってきた。わからないながら、俺は腕を組み、その部屋係 の仕草をじっと睨み付けていた。王は本棚に行き、本を探している。チェックが終わったのか体を起こし、ふと顔を上げた部屋係とまともに視線がぶつかった。 部屋係はびくりとし、ベッドの反対側にまわってまた調べ始めた。――おかしい、と思った。部屋係が顔を上げてすぐ俺と目が合ったというのは、王か俺かの様 子を窺っていたから?
なにか、その動作を見られてまずい事があるのだろうか。
王を振り替えると、静かに横に首を振って、また本棚に取りかかっている。
――何も言わず、何もせずにいていいという事か?
その後、部屋係は何事もない、たぶん湿気のせいだろうと言うと掃除を終えて出て行った。
「盗聴器があったんだ。本人に取り除いてもらいたくてね」
王はそう言って笑った。その言葉に、俺は恐ろしい思いをした。
王自身が盗聴器に気付かず、部屋係を問い詰める事もなく、盗聴器を仕掛けた本人に取り払わせた。ベッドに仕掛けてあるのを気付かれたかと思いきや、王は 背を向けて他事をしている。でも近衛兵が睨みをきかせていた。部屋係は自分が部屋を出た後、自分の動向を怪しんでベッドを調べるかもしれない。そうして盗 聴器が出てきたら疑われないだろうかと思わせて――。盗聴器を取り除かなければならなかった理由は、「近衛兵に気付かれそうだったから」。王付の近衛兵は 油断も隙もできない、という結論になる。王自身は何も思われず、警備の強固さをアピール。もう、滅多な事では彼は何もして来ないだろう。そして、王は恨ま れる事がない。一件落着とはこのことだ。
それに気付いてから、王の外交に目を向けても驚く事が多い。たぶん、こうして同じ様に王を見ていてもそれに気付く者は少ないだろう。
のほほんと笑って、くだらない冗談を言ったりしているが、鋭い時は誰より恐ろしい
。 さすが、王だと。そう思った。
王の部屋を出た時、ずっと遠くの廊下の曲がり角に消えていく王女の後ろ姿が見えた。
――聞いていたかもしれない。
それから三日後、またあのレストランを訪ねた。
あの町を抜けるともう後は荒涼とした土地が広がるばかりで、しばらく町はない。
あの先はサボテンと土ばかり。
レストランの名は「ミジェル」と言った。
ウエイトレスの一人を捕まえてリナを呼んでもらうよう頼んだが、今日は休みだと言う。住所を聞くと、案外簡単に教えてくれた。
住んでいるというアパートを目指していくうちに、どんどんと変化していく風景に驚いた。町の裏側を覗いている感じだった。ごみ、汚れ、道端に居る人。朽ちかけた建物と犯罪の臭い。
なんてところに住んでいるんだ。
木製の建物のミシミシ鳴く階段をなるべく静かに登り、部屋番号のプレートを探した。
302。
ドアに貼られたその番号を確認して、ノックをしようとこぶしを作った。
が、ノックできなかった。
中から微かに聞こえてきたのは情事の声。物音。
いたたまれない思いでそこを後にした。急いで階段を降り、薄汚れた通りに出た。
「ユナ?」
ここで人に呼ばれた事に驚いて振り向くと、大きめの黒いトレーナーと細いジーンズで立っている由利菜部隊長がいた。大きな茶色い紙袋を一つ抱えている。
「来てくれたの?」
無邪気に笑うその笑顔に、さっきまでの動揺で笑顔を返せなかった。
「どうしたの?」
「いや…」
目を合わせられない。
「そのアパートだけど。寄っていく?」
「あ、いいですか?」
「もちろん。奇麗な所じゃないけどね」
笑って先に階段を登る。後をついて行きながら、ほっとしていた。さっきのは部隊長ではなかった。部屋を間違っただろうか?
しかし彼女はやはり三階まで行き、302のドアの前に立った。ためらう事なくドアの鍵を開け、ドアを引く。さっきより顕著に物音がするが、彼女は表情を少しも変えないまま入っていく。
入れないでいる俺に、
「同居人よ。部屋は違うから大丈夫」
聞こえないくらい小さな声でそう言って、ドアを開け放したまま彼女は進んだ。慌てて入り、ドアを閉めた。
一番手前にあるドアの部屋がそうらしかった。彼女は突き当たりまで行った。
そして俺がそこに行かないうちに紙袋だけ置いて引き返してきた。
「ごめん、ここじゃ落ち着かないよね。どこか行きましょう」
言って俺を押し、ドアを開けかけたその時、入り口近くの部屋のドアが突然に開いた。音が漏れてくる。そこから顔をのぞかせたのは、若い男だった。長身、俺より少し高かった。恰幅が良く、顔色が悪い。ひげが濃く、彫りが深い。汚れたバスローブを羽織っているだけだ。
「リナ。いたのか」
声をかけられた部隊長はびくりと一度震えた。ゆっくりと振り向き、男を見る。
「ジョナ…は?」
「ナザーと、さ」
ふふ、と笑うと男は俺を見た。
「なんだそいつは」
「昔の、知り合い」
「へえ」
挑戦的な眼で俺を見つめる。そして、部隊長の肩に手をかける。
「ナザーがいて暇なんだよ」
「…ごめん、彼を駅まで送っていかなくちゃいけないの。すぐ戻ってくるわ」
俺は今すぐに彼女を引きずってでもここから連れ出したかった。けれど、彼女はここでの生活を続けると…続けるからには彼女が選んだやり方で、うまくやっていかなくてはいけない。俺が連れ出すと、もう戻れなくなる。
「道を聞くぐらい出来るよなぁ?」
俺に、にやにやと笑って言う。部隊長の肩に置かれた手に力が込められているのがわかった。部隊長は俺を見上げ、
「ごめん、帰ってくれる?」
言ったその表情に、俺はたまらなくなり、…そのままゆっくりドアを開けた。部隊長を引き寄せる男の手をはがし、部隊長のひじを掴み、そのまま俺は走った。
町中をそのまま走りぬけ、大きな道を横切り、車を止めていた所までずっと走り続けた。
彼女を車に押し込んで、運転席に乗り込んで、それからやっと彼女を見る余裕が出来た。二人とも息が上がったまま、シートにもたれてしばらく呼吸だけを繰り返していた。俯いて、部隊長はずっとどこか一点を見つめたままだった。
「すみません」
やっと呼吸が整ってから、俺は言った。こんなつもりじゃなかった。しばらく彼女を調べて、どういう生活をしているかとか、なにか困った事が有ればサポート するだとか、そういう事をするつもりだった。少しずつ顔をあわせたり、話をしたりするだけのつもりでここに来たというのに。
「バカじゃない? これで帰ったら私がどんなメにあうと思ってるのよ…。それくらい察しがつくでしょう?
「はい」
「放っておいてくれたらよかったのに!」
彼女はこぶしで自分の膝をたたいた。どれほどのめに、今まであってきたんだろう。
「ほうって、おけなかったからやったんだ」
思うだけで、声が震える。王の愛した由利菜部隊長が、今なんでそんな世界に居なければいけないのか。
「ユナ…?」
「放っておけるわけないじゃないか…」
部隊長は笑って、俺の顔をトレーナーの袖でぬぐった。
「王に似てるわ。泣き虫」
顔を背けると、彼女は小さく声を上げて笑った。そして、大きくため息をつく。
「私は、もう戻るわ」
「戻る気ですか!」
「当たり前じゃない。他に屋根の下で眠れる場所なんてないわ」
「帰しません! 絶対に!」
「ユナ?」
運転席側からドアをロックすると、手を伸ばし部隊長にシートベルトをさせ、車を出した。
「やめてよ、どこに行く気? 首都なんかに戻らないわよ」
「城に帰ります」
俺は真っ直ぐ前だけ見て答えた。
「だめ」
「かまいません」
「だめよ! 私は居ちゃいけない場所なの」
「そんなことありません」
「絶対にダメ! 戻るならここで死ぬわ!」
「…子供みたいな事言わないで下さい。王に会いたくなければ会わなくていいですから」
俺はスピードをゆるめ、一度部隊長に視線を投げた。眉を下げてシートベルトを握り締めている。
「私の部屋にしばらく居ますか? 私は近衛兵の寮をしばらく借ります。風呂の調子が悪いとか言って。それならどうです?」
ふるふると首を振るのが目の端に入る。
「甘えたくないの。誰にも」
「あなたが好きです」
言ってしまって、すぐに横顔にささる部隊長の視線を感じた。俺は続けた。
「…人間として、ね。そしてあなた以上に、私は王の事が好きです。だからこうして仕えているんですでも今の投げやりなあなたは見るに耐えない」
部隊長は何も言わず、前を見ていた。数分たってから、いきなり俺の目の前に右手を突き出した。
「何ですか?」
「あくしゅ」
「へ?」
「あーくーしゅ」
「? はい」
右手を添えると、部隊長は宣言通りに握手をした。
「今すぐあの部屋に戻ってくれない?」
言葉に驚いて顔を見ると、強い視線をたたえて、そして笑っていた。
「引き返すんですか?」
「そう。引き返して。城に帰るなら持って帰りたい物があるの。お願い」
「でも…」
「私の一年を無駄にする気?」
声が、強く明るかった。何か吹っ切れたんだろうか。戻る気に、なったと…。
「わかりました」
それから強引に方向転換をして、道を戻った。
部屋に戻った彼女は、結局三時間出てこなかった。出てきた時にはあちこちに傷を作って、頬や腕にアザを作っていた。
「待たせてゴメン」
力のない声で言うと、一抱えのスポーツバックを車に積み込んだ。
「…大丈夫ですか」
「平気」
笑顔を作ることなく、そう呟いて車に乗り込んだ。車の中は、ホコリと血の臭いがしていた。
町を抜ける前に、「ミジェル」に寄った。彼女は店には入らず、そのポストに白く薄っぺらな封筒を入れた。
城に近づくまで、彼女はずっとシートを倒して眠っていた。
夜が明け始めたころ、城についた。まだ誰も起き出さないうちに、王の私室に近づけた。
2、えんど。
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